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兵庫県 1200年の歴史ロマンの生野銀山と口銀谷の町並み 

久々の3連休となった7月の中旬、天気予報では西から崩れ大雨の予報が出ていた。特に予定も入れていなかった連休1日目の7/18(土)。たまたまテレビで地方の観光地紹介がされていた。その中で、兵庫県神河町の名水紹介をしていた。単に水を飲みに行くだけでもおもしろいなぁと思い、地図を開いてみると、以前から行きたいと思っていた「生野銀山」のすぐちかくだ。明日は連休の中日だしちょっと遠いが、高速も安くなっているし行って見よう・・・ということで7/19(日)、朝10時に大津の家を出発した。案の定、宝塚IC辺りで渋滞に巻き込まれたが、我慢我慢で、何とか午後2時過ぎには目的地「史跡 生野銀山」に到着した
生野銀山の紹介(参照 パンフ)

生野銀山は807年に開坑され、1542年には銀鉱脈が発見され、本格的な採掘が始まった。その後、明治22年には皇室財産に、明治29年には三菱合資会社へ払い下げられた後、昭和48年に閉山し、1200年の長い歴史に幕を閉じた。その間に掘り進んだ坑道の総延長は350キロメートル以上、深さは1000メートルにまで達しており、採掘した鉱石は70種以上にも及ぶ。

なかなかのものである。鉱山町ノ衰退に少なからず興味があったため、以前から興味を持ち調査していた。国内の観光鉱山はいくつかあり、今年GWには世界遺産にも指定されている島根県 石見銀山にも行って来た。さて、ここはどのような驚きを与えてくれるだろうか。楽しみである。

入り口で入場料を払う。思っていたよりも立派に観光化されている。
敷地内には、資料館も併設されており、生野銀山の歴史を学ぶことができる

当時のアリの巣のような坑道の見取り図

幕府献上のための上納銀を精錬する様子。

吹屋資料館

観音様の横顔に見える
「観音岩」 

観光坑道出口付近。よーく見ると岩に坑夫の姿が・・・
「金香瀬坑口」 
観光坑道入り口。フランス式の石組により築造されたアーチ型の坑口。中は夏でも15℃付近とひんやりします。さぁ、入ってみよう。
約1000メートル、往復40分の冒険スタートです
坑道の中は当時の面影を残しつつ、観光坑道としての気配りがなされており、長い道のりも退屈しないようになっている。
江戸時代の採掘の様子から、近代的な採掘風景、そして大きな機械を用いての搬出の様子など、動くリアルな人形を用いて分かりやすく説明がなされている。息子風雅は怖がってさっさと妻の手をひいて行ってしまった。ゆっくりと撮影しながらの冒険だ。
約40分の観光坑道散策を追え、外に出ると一気に夏の暑さと湿気が襲ってくる。
眼鏡も一挙に真っ白に曇ってしまった。

さて、観光坑道をでると、すぐ横の階段から露天掘りの跡地を見に行くことができる。せっかく来たのだから見に行くしかない

露店彫り跡地へと続く、
生野代官金香瀬番所

露天掘り跡地
生野銀山と共に発展した町「口銀谷」(くちがなや)。銀山観光の後にちょっと散策するのに丁度いい。
鉱山職人など、銀山と関係したひとがほとんど。趣のある町並みも残っており、小雨の降る中、風雅と二人で散策だ。妻は車でお休みの様子・・・

江戸時代の宿を再生した
生野まちづくり工房井筒屋/国登録文化財

一区公民館/
旧生野警察署/明治19年/市指定文化財
口銀谷 町並み散策を終え、さて帰途に着こう。外は天気予報どおり激しい雨が降り出した。
風雅は当初の予定通り「おいい水、おいしい水」と騒いでいる。
豪雨の中、がけ崩れなども少し心配しながら、山奥深くへ車を走らせるといくつかの名水採取ポイントが案内板で紹介されていた。もちろん我々もただで水をがぶ飲み。確かにおいしい。
次は天気のいい日に来たいと思った。

今回の旅で初めて通った高速「播但道」も田舎の景色を見ながらのドライブが楽しめ、グッド。

私の旅の楽しみに「鉱山散策」という新たなジャンルが加わった。
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